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God demn it!!

いかに日常生活を質よく安く生きるかを常に考える1児のぼっち母。東京で孤育。小説のような日々に起きる出来事を直送します。

こうやって母親の「助けて」の声がかき消されるのか

ちょっと暗い話。

虐待のニュースをよく耳にする今日この頃だが、子を持つ身になって他人事ではなくなった。

そういうニュースになると直視できない。チャンネルはとりあえず変える。

なぜなら、他人事じゃないから。明日は我が身。

 

 コウノドリは妊娠の予定のある女性や男性に読んでおくといいと思うよ。

 って言って勧められた。こんなこと、おこるわけねーじゃねーかよ。と思ったたら起きましたので、ぜひ読んでください。

透明なゆりかご 1-3巻セット (透明なゆりかご)
 

 透明なゆりかごは鬱バナーすぎて読んでない。読んだ後に自分が消化する術が見つからなさそうなので読まない。

 私の娘は低体重児として生まれました。

出生児はおっぱいを飲んでくれませんでした。

が、悪しき風習で産院の指導で深夜にでないおっぱいを嫌がる娘に押し付ける作業を強いられ、鬱になりました。

鳴き声も弱々しく泣いている娘を見て「こんなに小さく産んでごめんね」「おっぱいでなくてごめんね」と毎晩毎晩自分を責めました。

本当に入院中は地獄でした。深夜の授乳室に母乳を出すことを強いられた母親が鬱々と乳を素手で絞って、みんな今にも噎び泣きそうでした。

こんなんじゃダメになる。と思い、途中でミルクに切り替えました。

面白いことに退院した直後から母乳が出始めました。

が、相変わらず娘は哺乳瓶からしかミルクを飲んでくれませんでした。

(吸い付く力がなかったみたい。)

本当の地獄はここからでした。

毎日3時間おきに授乳。それを全て搾乳→授乳→洗浄これを絶え間なく夜も昼もやってました。自分一人で。

本当に辛かった。永遠と思うかのような時間の流れ。

これいつまで続くの。。。

この生活を続けて一ヶ月。諦めかけていた直接授乳。

毎回くわえさせるだけくわえさせていたある日。

直接母乳を飲んでくれたのです。その

時の感動はありませんでした。

ようやくこれでやっと本当の母親になれた気がしました。

 

が、

 

まだまだ話は続きます。

そんなところに家庭内のトラブルが重なり私は完全な産後うつになりました。

(継続中)

 

どうしようもない不安と不眠。

投薬を余儀なくすることになりました。

 

ここで娘が得意だった粉ミルクに切り替えを検討したのですが、

粉ミルクを完全に拒否。

 

乳首を変えても、粉ミルクのメーカーを変えてもギャン泣き。

挙げ句の果てには首を横に振りイヤイヤ。(お前、生後五ヶ月だろ!)

全くのお手上げ。

 

粉ミルクだとわかるとストライキを始める。

 

これはますます、自分の具合も悪くなる。と思い、助けの声をあげてみることにした。

案の定、絶賛たらい回し中。どうしたらいいものか、絶望してる。

結局はこんな感じか。切り分けは個人か。こうやって、虐待は放置され、なるべくしてなるのかもしれない。そんなことをぼんやりと思って、元気なうちにもう少しあがいてみることにしようと思う。

 

◆私の悪あがき

  • 保健師→笑ってスルー。言い方が悪かったので、次回本気で相談する。
  • 児童福祉センター→出産した産婦人科に相談することを勧められる。泣くのを放置してミルクを強いる。「あなたに会ったわけじゃないからわからない」と言われたwじゃあ、会ってくれよ。めんどくさいからこちらも会いたくないけど。
  • 出産した医者→おっぱいを最初に与えて粉ミルクにすり替える。(もうとっくにやってます)。他の助産院に当たってくれと言われる。(産んでもないのにそんな質問できるわけねーだろ)。おっぱいを強いられた過去が会って二度とここで産まないと思ってたけど藁にもすがる気持ちで相談した私が馬鹿だったよ。

 

 

 

はぁ、疲れる。